〜別れの手紙〜


眠れない。
ここんトコずっとだ。
いつ頃から眠れないんだっけ?
眠りたいのに眠れない。
いつまで続くんかな・・・・・
 
柳葉はマネージャーの運転する車の中で、大きな溜息を漏らした。
「お疲れですね?」
「あ〜?うん、ちょっとな」
寝不足でボーッとなった頭で応える。
「あ、わかった。そろそろさくらちゃんの夜泣きなんでしょ?」
「うん?」
「赤ちゃんは泣くのが仕事ですもん。朝だろうが夜だろうが関係なし。でしょ?」
「ん?まぁな・・・」
「でも、これからは結構スケジュールびっしりですんで、身体にだけは気を付けて、がんばってくださいよ〜」
マネージャーが心配げに声を掛ける。
「わーってるって。まかしとけ!!こちとら、そんなヤワな作りじゃねぇんだ」
調度自宅前のマンションに横付けされた車から降り、ドアを閉めながら柳葉は言った。
 
「じゃ、また後ほど」
今夜も遅くから始まる夜間ロケのために迎えにくることを指しているのだろう、
マネージャーは車の窓からそれだけ言い残して去っていった。
「へい、へ〜い」
気のない返事を返しながら、その車を見送った柳葉はエントランスに向かった。
朝も早い時間で、まだアチコチの郵便受けには新聞が入ったままだ。
暫くその様をボンヤリと眺めて、やっと柳葉は自宅用のポストから新聞を抜いた。
と、パサリと白いモノが落ちたのが目に入った。
(手紙?)
拾い上げ、表を見ると住所も消印も無く、ただ「柳葉敏郎様」とだけ。
自分宛のものだということで、誰からかと訝しがりながら差出人を確認する。
しかし、差出人の名前も無い。
そんな手紙には、ろくなものがないのが解っていたので、
このまま捨ててしまおうと、グシャリと握り潰す。
エントランス奥の管理人室の脇にあるゴミ箱に、握り潰した手紙を捨てようとして立ち止まる。
 
(あの字、どっかで・・・)
 
酷くクセの強い文字。
見覚えがあった。
 
(誰だ?)
 
柳葉は考える。
滅多に目にした事がないのか、見た覚えはあるのに、なかなかその文字の主の顔は浮かんでこない。
 
「キッタねぇ字だな」
 
いきなり、自分の言った言葉を思い出した。
確かあれは初夏の頃だったのではないかと思う。
ニューアルバムの制作やCM撮影なども兼ねたロスでの休暇の途中、一時帰国した彼が歌詞を考えているのを、
後ろからこっそり覗き込んで言った一言だった。
 
「の・・・覗き見なんてッ!!悪趣味なことヤメテくれよ!!」
慌てて隠しながら言い返す。
赤くなって照れているのが、可笑しくも可愛かった。
それでますますからかうのにも力が入ってしまった。
「どれ、恥ずかしがってないで。兄ちゃんにも見してみな♪」
「ヤダッ!!」
「ほで♪♪」
「ぜってーヤダッ!!」
「見せろって!!」
「ヤダッったら、ヤダッ!!」
見せろ、見せないで暫く騒いだ後は、たわいもない話をしながら二人ッきりの時間を過ごした。
確かに、その時の事だ。
 
慌てて封筒を伸ばし、表書きを見直す。
そう思って見ると、やはりそうだと思える。
 
自分宛に来た手紙なんだからと、誰にでも無く妙な言い訳をしながら、柳葉は中の便せんを破らないように注意しながら、
ビリビリと手で破って封を開いた。
もどかしく思いながら、封筒同様ヨレヨレになってしまった便せんを取り出す。
 
真っ白な便せんに書かれた文面の出だしを見て、「やっぱり」と思う。
内容を読むより先に、何故か便せんの枚数を数えた。
何と言ってきたのか、自分でもある程度の予測をしていて本当は解っているのに、
枚数の多い少ないで内容が変わるかのように、何度も何度も数えた。
 
普段からクセのある、少し大きめの字を書く男なのだが、それにしても便せんにして3枚。
自分が考えている内容に対して、この枚数が多いのか少ないのか。
柳葉は立ち尽くして考えた。
 
暫くしても考えは纏まらず、何時までもこうしていても埒があかない。
そう考えて柳葉は、やっと手紙を読むことにして場所を移動した。
 
柳葉が手紙を読もうとして選んだのは、自宅近くの公園だった。
朝早いことと、3月とは言えまだまだ朝のうちは寒いこともあって、人影もまばらな公園。
散歩中の人や、犬を連れた人。
ジョギング中の通り道らしい若者位しか見えない。
公園の4月中旬から5月に掛けて、美しい花で木陰を作ってくれる藤棚の下のベンチに、腰を下ろした。
季節が早いせいか、まだ芽も堅く小さく、差し始めた朝日は遮られることもなく、柳葉を照らしている。
 
「あったけぇ・・・」
ベンチに座り、脇にバックを置くと、大事に上着の胸ポケットに入れておいた手紙を取り出す。
柄にもなく震える手。
「ザマぁねェな」
その手で再度中身を取り出すと、懐かしい文字に目を落とした。